2017年11月2日木曜日

『第三世界の長井』ながいけんという漫画家も工作された?


 久しぶりに胎界主というweb漫画を見たところ、サイトのトップで『第三世界の長井』という漫画を宣伝していた。(現在は無し)


 自分の更新しか言わないツイッターでも言及。例外中の例外である。
 別ページでも説明したが、胎界主はかなり私への工作に使われてたweb漫画である。
 本人も関りがあると思われる。
 そこで紹介されてるということは、これを紹介するのは罠なのか?という気もするが、工作と思われる要素が目立つ。
 以下をご覧ください。


 「ながいけん」さんは神聖モテモテ王国というギャグ漫画で有名らしい。
 私も絵は見たことあった。
 最近は『第三世界の長井』という漫画を描いているのだが、この漫画はかなり異色だ。
 それも、単に異色なのではない。
 メディアでの工作を表現してると思えるのだ。



 この漫画では、長井(作者と同じ名前)が様々な設定を「何か」につけられ、それを主人公(作者?)が知らされている。


 『第三世界の長井』の主人公は世界の神であり、自分で世界の面倒を見てきたが、現在は引退している。
 しかし、物語上の「世界の主人公」は長井という凡人。
 勝手に主人公設定にされた高校生。

 長井は延々とギャグマンガのノリで、ギャグマンガ的な敵とシリアスな戦いを繰り広げている。



それを修正するため(?)に現役の神が色々と設定を付けるが、変なのばかりなので長井はどんどん壊れていき、周りにも影響し始めて…


という漫画。



 漫画でも説明されている通り、「映画作品がスポンサーの子供に口出しされて変な事になった」のを表現したような漫画だが、
 ギャグマンガのノリでシリアスな状況なので、読者は笑っていいのかどうか分からず、戸惑う。

 実は、これが私のゲームの表現と似ている。
 私のゲームのハリスという敵は、どう見てもおかしい人のようなことを言う。

 言い回しもおかしい。

 そして、シリアスな場面でひたすらふざけまくる。

 こいつがストーリーの最初から最後まで登場して続ける。
 自分が死ぬときにすら、ふざけているように聞こえることを言う。
 
 『ミセリ…俺はお前に殺されたんじゃない…
 神に…神に殺されたんだ…
 これは神の陰謀だ…』
 ちょっと笑ってしまうようなセリフだが、実はマジなのだ。
 というストーリー。

 明らかにおかしい人たちが、宇宙人が攻めてくるのを倒すと言ってやっているのを「なんだこれ…」と見ている主人公だが、だんだん事態は危険度を増していって深刻になってしまう…。


 「だ、だから宇宙人だってずーっとずーっと言ってただろ!いい加減理解しろこのボンクラ!」

 というストーリーと似ている。
 私のゲームでもハリスはずっと「これはゲーム」と言い続け、実際に「ゲーム」という内容。

 ついでに言えば、
 主人公が勝手に主人公&勇者扱いされたり、
 どうも主人公≒作者らしいところも私のゲームと同じである。


 しかも、言語関係は私が興味があったことで、2013年当時の日記にも書いていたし、
 どんどん過激な個性化が進んでいけるようになり、バグみたいな寄生型人間がどんどん増えて世の中の人間が現実と無関係になっていってしまうとかも書いた。
 それも漫画に出てくる。時期も同じ。
 私としては、集団ストーカーをメディアを使ってやるような人たち…毎日車を部屋から見えるところに置いて、私が起きるとあり、一階で飯を食べて戻ってくると居なくなるということを、起きる時間帯が違う無職の時でもやり続け、ネットやメディアなどで延々と気を引くようなことをやって、あくまでも私に被害を相談させたり公開させたりしようと叛逆メッセージを送らせ続けたりする人たちのことが念頭にあり、そのようなことを書いた。



 この漫画だと、おかしいのは長井。
 変なアンカーを打たれまくっておかしくされただけなのに、ちょっと変ではある。

 作者としては、下らない漫画に影響を受けて本気にしている人が少し念頭にあったのかもしれない。
 必ずしも漫画家が集団ストーカー・メディアストーカーに積極的に関わっているわけではないので、たまたま一致しただけとも考えられる。
 まあ、私が子供のころの話だが、ドラマとかも中共とかに工作され(?)、子供や母親が父親の仕事を責めるよう誘導するようなストーリーが大量に作られてたことがあったし、メディアが工作に使えないほど影響力がないわけではない。なにしろ、いちいち流行になる。


 第3巻の内容は随分前の脳科学の本に書いてある内容。
 脳欠損で左という概念が無いと右側しか書かないで「全部書いた」と言うとか、盲点の話。
 両方とも同じ本に書いてあることなので、作者は会議でおじさんに教えてもらっているが、本当に人から教えられたんだろうと思わせる。



 前にも説明したが、私はメディアストーカーを受けており、私個人の情報がメディア作品などに反映されて付きまといのように延々と見せられる被害を受けている。
 つまり、ながいけんという漫画家も集団ストーカーに工作されてた可能性が高い。

 彼はギャグマンガを描いていた。
 宇宙人が頭おかしいこと言ってて騒ぐという内容だが、『第三世界の長井』という漫画は異色すぎる。
 まるで自嘲するかのように、ギャグ展開や自分の作風を登場させて、「世界がおかしくなってる様子」を表現するのだ。


 ギャグだったら笑えるが、漫画世界でもマジだとシリアスで困る展開。

 ながいけんという漫画家は彼らの工作によって「壊され」、こういう変な漫画を描くことになったのではないか…。

 また、関係あるか分からないが、メディアストーカーでは、私生活の情報を使ってヘンテコな当てこすりをするのが常である。
 それは工作の結果、単語をねじ込まれたりとか、設定だけ影響されるからだろう。
 結果的に、被害者はあくまで自分とは違うけど、何か似たような状況とか、単語とか仕草だけ色々な作品で見せられるようになる。
 なので、「誤解が多い」と感じることがあるし、変な解釈に引きずられることもある。
 私のゲームの主張は別に「神への完全なる服従」という内容ではなかったのだが、「叛逆しろ」と煽られ続け、私自身も「叛逆」に思考が焦点化された面がある。
 最初の紹介で「伝説の勇者」だのアンカーを打たれておかしくなっている長井は、あたかも被害者、それも私の様子を戯画化したもののようにも思える。(私のゲームも主人公が勇者扱いされる)


 ヘンテコな設定を付けられてどんどん壊れていくなんて、メディアストーカー被害者にはとっては、あながち他人事でも無い。
 だいたい悪口とかディスるような内容、あるいは不当に煽てるような内容になるのが多いので、なんだか反発したり、乗せられるような気分になったりするのだ。
 例えば、私の場合だと、天才とか、才能ないとか、頭が良いとか、イケメンとか、本物とか、中二以下とか、中二とか、聖人とか…
 そういうメッセージを仕込むことで、記憶されるように、無視されないように工夫してるらしいのだ。
 被害を無視するようにしていたところ、「挑発した結果」と思って調子に乗ってるかのごとく仄めかしてくるようになったりしたこともあった。
 後付けで自分達で演出したかのようにやるのが結構多かったが、一種の挑発なのは明らかだし、今にして思えばアンカリングの一種だったのだろう。

(ながいけんの漫画でもアンカーと言っている。
 作者は普通に工作に関わっていて、当初は集ストネタのつもりで初めたものだった?とも思ってしまう内容である。
 第一巻で主人公(作者?)は「俺はやめた」と言及している。
 まあ、3巻とか4巻で私生活ネタの工作があるわけだが。)

 まあ、そんなようなことが色々あるのだ。
 登場人物を毀誉褒貶するのは漫画とかだとよくあることだが、それでメディアストーカー被害者の人格が影響されることもある。
 少なくとも、「なんだこれは」と気になることになる。
 これが大変辛い。
 特に独り者だと辛い。
 腹に溜めることになる。
 集団ストーカー被害だと、日常的に工作され、それが人間関係になってしまうので、無視するのも一苦労なのだ。
 まあ、まともな人間関係があれば、それほど辛いことでもないのだろうが、メディアストーカーというのはメディアが工作されてやってくるので、ある意味、メディアが被害にあってるともいえる。
 というか、そうなのだ。
 これが大変辛い。
 メディア業界とコンタクトとるにしても、どうすればいいのか…
 話しても中々信じてもらえないだろう。
 巷じゃ精神病院に入れられる恐れすらあると言っている。
 結局、腹に溜めることになる。
 しかし、実際に起きていることであり、馬鹿馬鹿しい茶番劇でシリアスな被害が出ているのが実情である。
 そういう怖さも表現された漫画だと言える。

 第四巻あたりだと、世界の設定が滅茶苦茶になって世界が…という方向に話が進む。
 アンカーも本物の神がやったという話になる。
 (主人公も物語の登場人物にされ、おかしくなった結果のようにも思える描写だが、まだ全部描かれてないので分からない。)
 ソシュールとか言語関係の話が最初にあるので、設定群の意味関係が相互に影響してそれぞれ無関係な作品でも同じ表現を見ることになって社会に広がり…という表現なのかもしれない。
 ちょっと流行になるとすぐ真似が連鎖する業界なので、暗にその批判もあるのだろう。
 アンカーはあんまり関係なくなってきたが…。
 実は「主人公もおかしくなってた」展開なら、作品がアンカーを打たれてたり、社会の人達が娯楽作品に影響されて…という線も生きている。

 いや、作者としては元から漫画家の苦悩みたいな表現だったんだろうが、あたかも『偶然のように』メディアストーカーとダブルミーニングになっていたということ。
 ゼクレアトルのように、ストーカーの表現と見えるよう、最初の展開を少し変更されたのかもしれない。


 この漫画は、作者が以前描いていたようなギャグ漫画ではない。漫画家が見る漫画だろう。
 表現が特異なことは間違いない。
 そういう実験的な作品は、作者の意気込みとか、強い意志があるものだ。
 よりによってそういう作品で工作のようなことをする。
 表現で迷ったり悩んだりする人はメディア工作のカモだというわけだろう。
 第一、最初の敵との攻防は、まさに私とストーカーとのやり取りのようである。




 そもそも、私が何年も無表情無感動でいた理由の一つでもある。
 やってくることが非常に単純なのも似ている。
 どんな人生なのか、普通の人には想像もつかないかもしれない。
 別にストーカーじゃなくて日常生活でも、似たようなことはあると思うかもしれない。
 だが、彼らは日常的に私生活をネタにしてると知らせ続け、嘲笑や挑発をし、私を操作しようと色々試してきた。それが何年も何十年も続く。
 私がこの被害を「マインドコントロール」と呼ぶ理由である。

 私の被害を聞いて、「楽しんでやる人がいる」とか、「被害者が怖がってるのが面白い」と言う人がいるが、彼らは仕事でやっている。
 もちろん、やる方は嫌々やってるわけではないだろうが、単なる野次馬とか、2ちゃんねるであるような匿名参加型の事案ではない。
 工作員は洗脳・マインドコントロールを生業にしている人たちだ。
 でないと、一日一回とか、具体性が無くて単調な嘲笑作業とか、そういうことにならないだろう。
 私のように何年も何十年も抑圧された生活をしていると、それが重大な精神的被害に直結し、人格にも影響してくる。
 彼らは、こちらが反論するまでずっと同じメッセージを仄めかしてくる。手を変え品を変え、似たようなメッセージをやり続ける。
 反論するとさらにそれをネタに仄めかされることもある。ことさら反論を取り上げるので、マニュアル作業である。その結果、反論に次ぐ反論でおかしなことを言い出したり、何も言わなくなる。
 いや、割合としては、私が言ったことと違う表現、明らかに変な表現とか、間違ってる表現でやったりされることの方が多かったかもしれない。私が言ったことをわざと下らない内容で表してみせる。
 最近のは私のゲームを当てこすったゲームばかりだったので、私のゲームより良いゲームばかりだった。
 まあ、方針によって色々ある。私の被害も長すぎた。


 2ちゃんねる掲示板によると、マスメディアの集団ストーカーは被害者に気付かせた後、仄めかしで操ろうとするのがいつものやり方という噂だ。
 しかも、それが商売になっているのだという。
 メディア業界の人が知らされるような「アンカーを打ってる」とは、加害班と被害者のやり取りの結果、被害者がおかしくなってる様子だろう。
 別に操りたいから「アンカーを打ってる」わけではない。何か違うことをさせたいだけだ。
 それが何であれ、工作員は「成功した」と報告するだろうし、メディア業界の客にとっては、ネタであれば何でもいい。

 しかし…ストーカー被害者の様子を見て楽しむ客ってことだが…。面白いか?正直眉唾だと思う。
 2ちゃんねるの噂にあるような「朝鮮人の機嫌を取ってる」式の、何かの利害関係があるものと予想する。
 「商売になっている」説が正しいとしても、客にとって面白いかどうかは二の次の問題で、「ネタ提供を受けてられる」とか、「金銭的・世間的な評価で後援がある」ってところだろう。後援を受ければ社会的に成功する。
 少なくとも、私が見せられた情報で判断すれば、虚淵なんかはそれにあたる。

 まあ、私としては、集団ストーカーは創価学会がやってる&創価学会は1950年代から既に中国共産党と接触してるので、マスメディアが工作されるような件については反日スパイのせいだと思いたいところだが…。
 日本のマスコミは閉鎖性が高いらしいし、みんな在日創価ヤクザって言ってるから、その辺の文化なのかね。



 
 最後、ながいけんの漫画と関係なくなってしまったので、この漫画についての工作疑惑を羅列して終わりにする。

 メディアが工作されてるのを表現している。
 最初に「伝説の勇者」とかアンカーを打たれ、勝手に主人公認定されてる。
 世間的にはおかしいことでも実は本当なところ。
 どう見てもふざけてるのにシリアスとか、自分のこととか作品創作を表現してるとか、世界のおわりとかは私のゲーム。
 特に、いつでもふざけてるどう見ても頭おかしい人が言ってる変な事がマジなので笑っていいのか困るところとか、特異な点が似ている。
 私のストーカー被害を思わせる内容は最初が多い。(デトロイト・メタル・シティも一巻で多い。ゼクレアトルもストーカーそのものの表現は最初の様子。)
 言語関係とか私生活ネタ。
 どうも無関係とは思えない。
 あるいは、作者なりの危機感があったのかもしれない。
 よりによって、そういう気持ちを逆に工作に使うのだ。
 そうやって工作することで、いくつかは私に見せられる。
 胎界主という工作漫画のサイトで紹介されてた件に注目。



 私の説明でメディアストーカーについて少しでも理解されるようになれば幸いである。





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