2015年6月9日火曜日

茨城むつみ農業協同組合(2007~2009)


 何が関係があるのか自分では判断つかないので、このページは結構どうでもいいことも書いてあります。


・農協(2007~2009)


 このころ、既にネットでの工作によって監視されている状況を受け入れていたので、特に私がその件で驚いたり、アクションを起こしたりといった事はありません。


・農協に勤める時、組合の理事長が新入組員に話をするのですが、私に向かって「農協なんてある意味あるのか?と思っていたけど試験の際の文章で大いに勇気づけられました」などと話をしました。
  その、大いに勇気づけられた文章というのは、明らかに試験の際に私が書いたもので、実際に理事長は私の方に身をかがめて覗き込みながら話していました。
 それで、私は赤くなってしまい、理事長は大笑いしながら出ていったのですが、「農協の存在意義」というのは私がそのころ日記に記した問題意識の一つで、そのことを言われたのだとも感じました。


・園芸課に配属。毎日のように「仕事ありませんか」と言っていたら嫌われる。それを知っていて寺田は「暇になったときは言った方がいいと思うよ」などと言い出す。私がずっとそうやってるのを知ってるのにだ。それで、その通りにしたら皆と一緒に「信じられない」みたいな顔をする。

・斉藤副課長。入ったばかりの時、農協で銀行の口座など作ってやると言うので作る。パスワードとかじろじろ見てるので、日記に不満を書いたら、何故か知っている。突然保険の話をしだし、機嫌悪く「暗証番号見られてたのもわかってた!?」「ええ」「ふーん!?」と言って終わり。

・  寺田が私に「栗原君は、外国語できるの?」と聞いてくる。
 私は「大学では、ドイツ語をやってましたが、一年だけですし、ほとんどできないようなものですね」というと、「ふーnそうなんだ」。
 後日、総務の自称パン屋になりたかった人が来て、なんだったか新入りに配るようなやつで?余ったからくれる?何かをもらったが、その際「これ、ドイツ・・栗原君ドイツ語できるんだよね」と何か聞いてくる。
 そのさらにあと、寺田に聞かれたので話すと、「栗原君は、ドイツ語できないんだ」という。「いやそんなことない確かに会話はできないけど挨拶くらいならわかる」とか話すと、「じゃあやっぱりできないんだ」と話していました。

・ 今日の予定について石川課長が言うことについて、「え、そういうことするんですか」と聞くと、
 石川課長 『よく周りを見てな、人の話を聞けよ。そのこと朝からずっと話してたことだったべな』と言う。別に朝からずっと居合わせていたが、その話はしていなかった。

 その後、私が仕事が無いと言わなくなると、「あいつは仕事もしないで」と言われるようになりました。
 石川課長は、「仕事も無く8時間座っているだけなのは、頼りにならず、仕事を任せることができないからだ」と言いました。これは苦し紛れだったと思います。実際、「他の部署は仕事してるの。ということは、仕事無いなんてことはないの」ということも言っていました。
 どうしても単なる気配りの問題にしたいらしいというのは不満でしたが、まあ集ストとは関係ないことだと思います。

私が日記に「私のやりたいことなんていうのは馬鹿げている。私のやりたいことなんて言ったら、それは全部だ」というようなことを何度か書いていると、
 ある日、寺田さんが突然、「ねぇ栗原君、栗原君は、何がしたいの?」と聞いてきました。
 私は、自分の日記の内容がばれているというのはもうさんざん思い知らされていましたので、これもそうなのだろうと思い、「全部です」と答えると皆に笑われました。

・また、あるとき女性に遊びにくるようにと誘われたのですが、その後二人きりになった時に、寺田さんは「どっちでもいいけど、無理しなくていいと思う」というようなことを言っていましたが、翌日、私が来なかったという話になった時に、私もいるのに「え、私絶対行くと思ってた」などと言っていました。
 実際、私も行きたくなかった部分はあるのですが、集ストではターゲットが人との交流があるのは不味いらしいので、それを妨害したかったということなのかもしれません。

・同じく寺田。
 私は2006年の前半くらいに、「うひょひょ」というのをよく日記に書いていた。「うひょる」という言葉まで作って気に入っていたのだかなんだか、兎に角よく書いていた。だが、勤めるころになると忘れていた。
 寺田は笑い方は普通なのだが、『だからうひょひょーって』などと言っている。私は初めての職場だったし、田舎の普通の人間が集ストと関係があるという発想が無かったので、気にしていなかったが、集ストだからなのかもしれない。
 寺田は少しすると言わなくなったが、事務員の一人が気に入ったらしく翌年の四月に大島が異動してくるまで「うひょひょ!」とずっと言っていた。
 
・県の農協から来ているという人が、たまに園芸課の事務所内にいることがある。
 私を見てから顔を変え、「世の中のことが頭にきてしょうがないんだろう」と下を向いて言う。
 まるで私の日記の内容をしっているような口ぶりだが、ここでは私に言っているわけではないので無視する。
 また別の時、私が農協の保険ノルマを達成してないときに、「やらなければいい。自分で入ることない」とアドバイスしてくる。
 寺田は「えー、それは…」と言っていた。私は最初から最後まで何も言ってないし、その人も寺田さんたちと話してたわけでもないのに、それだけ言って少ししたら帰る。
 ほかにも、用もないのに座って、私の対面でにこにこしながら私を見ていたり、事務所内をうろうろして帰ったりと、奇行が多い。

・  飲み会でコンパニオンで呼ばれた女性が「楽な仕事してるって思ってるでしょ」と言うようなことをわざわざ私に一言だけ言いに来る。
 たぶん斉藤さんに言われてやってきたんだろう。
 このことも日記に書いていたことだったが、斉藤に話してもいたかもしれない。

・寺田さんが「栗原君は園芸課に来たかったわけじゃないんでしょ?」と聞いてきて「いや、第一志望でした」と答えたのですが、あとで同じ話になり石川課長や斉藤さんに「第一志望だった」と言う旨を伝えると、意外に思われ、寺田さんの方を二人して見ました。
 すると寺田さんは「え、あーそうなんだ。勘違いしちゃった。勘違いしちゃった。勘違い勘違い。」などと言っていました。
 単に行き違いがあっただけなのかもしれませんが、わざと逆のことを伝えたともとれました。

・臨時職員の大島さんが境営農センターから園芸課になると、大島さんは「大学出だから威張っている人は嫌だ」などといきなり言いだしてましたが、無視されていました。
 私の態度に関して寺田さんは妙に理解のあるようなことを言うので支持しているのかと思っていましたが、あるときそうでないと分かり、もうこの世にはバカしかいないと絶望して大泣きしました。
 その後日くらいから二人で連携して嫌がらせするようになりました。
 主に私が日記に書いたことを翌日の会話の内容にいれながら二人で話しているというものでしたが、だんだん普通に私のことをいびるような感じになりました。
 私に反応がないと「はずれみたい」などと話し合っていたりしました。
 障害者のマークを家で作って持ってきたらしく、それを私のパソコンに張って笑うということもしていて、昼休みに他の部署の職員を呼んできて一緒に笑おうとしてましたが、ドン引きされてました。

 同じころ農協に就職した大島君も関係者らしく、臨時の二人と口論?のようなことになりそうになると、それまで普通に接していたのに「お前なんかに味方するわけないだろ」と言って目を合わさずに下を向いて歯を向いた笑顔だったので、「はあ!?」と驚いて臨時の二人を見ると、私が完全に3人を意味不明と思っていると分かったらしく、下を向いておびえたような態度を取ってましたが、それまでの経緯から彼らが何をしてほしいのか分かっていたのと、もう私と話が通じる人はいないし彼らの望む世界を創ればいいと考え、「はい、はい」などと言って下を向いてしょげていると、3人とも喜んだような態度になって私を責め始めました。
 これ以降、大島君は私と話す際に、妙に苛立たせるような態度を取ろうとしているように見えました。

  飲み会の時に私がグレイの歌を直売所の店長と歌った際の動画を大島君がとっていたのですが、私が絶叫系の歌い方をした後、席に戻ると、たまたま大島君は私の隣の席だったのですが「幸せですか?」と聞いてきたので、当時私は「普通に五体満足で暮らしてて日本で幸せじゃないわけがない。幸せになりたい奴はなればいいだけ」とよく書いていたのもあって「幸せです!」と絶叫したのですが、大島君は意外に思ったらしく何度も「幸せなんですか?」と聞いてきたので、そのたびに「幸せです!」と絶叫することになった。
  後で飲み会の記憶が無いと思われていたらしく、大島君とのやり取りを目の前で見ていたくせに寺田or大島「誰にも何も聞かれてないのに幸せです!って何度も言ってたじゃん」などと言われる。  
  後日、寺田・大島・大島の3人と私だけの時に、大島君がとった映像を私に見せてくれたのですが、何やら「これがいい歌だと思ってるんですか?」などと繰り返してくるので「君たちにはまだ早かった」というようなことを言っていると、大島女は「あら~、いいじゃない。私はいい歌だと思う」と言い、寺田は意外そうに「いい歌なの?」と聞くと、「苦しみが現れてて」と言って何か口から醸し出すみたいなジェスチャーをするので、「まだ早かったか」と私。その後なにやら話したかもしれないが、そんな感じでおわり。

・ 寺田・大島の二人。私が農家さんと電話で話をしているときに、私の悪口を言い合う。
 電話中なのですぐ言い返したりできないし、怒ると電話相手に伝わる嫌がらせ。
 電話が終わると、すっと何も言わなくなる。

・ 私は保険の推進は、無理して買ってもらうみたいで嫌だったのでしたくなかったし、自分で辞めるのは嫌なので失敗の責任ということで解雇されればいいと思っていたので、そういう実験をしようとしていたのですが、
 そのようなことを日記に書くと、大島と寺田で「自分で辞職した方が次につながるのにねぇ」と話している。
 また、県の農協から時々きて椅子に座ってるだけの人が私に「何もかもにムカついてるんだろう」と言い、「保険やりたくないならやらなくていい」と言いました。この時、寺田さんは「えー、それは・・」と言っていました。
 私は日記に批判ばかり書いていたので、そういうことを言うのかと思いましたが、実は私の態度か、噂からなのかもしれません。

・ 日記に、「農協の人は農業についてよく知ってるのかと思って質問したりしていたのに知らないらしくてショック」と書いたら、翌日くらいに下大野配送センターで
 荷受けのトラックを待っている際に訪ねてきた農家の人がセンター長に農薬とか色々質問して「しらねぇ」と言われ、「知ってるのかと思ってたなぁ」などと言う。


・ 寺田さんと大島さんが二人して「栗原君、いつも私たちに質問してるんだから、わからないことは分からないって言ってね。いつも通り」
 矢島課長が来て私に質問する。
 私「分からないです」と答えていると、「じゃあ分かった。仕事も分からないような奴に任せておけないから」と言い立ち去る。

・ 私のハンコが無くなっていたので、新しく買っておく。
 無くなった時に「ハンコがない」と話していたので、大島さんに「ハンコ見つかった?」と嘲るような調子で言われる。
 挑発されるのはいつものことなので、これは普通。
 「無かったですよ。だから買ってきました」というと、「買ったんだって」と驚いた風な顔芸しながら寺田さんと話している。
 斉藤さんが「車のいすの下にでも落ちてんじゃねぇの」と言うので「いやそんなことないですよ。そこもちゃんと探しましたし」と答えて終わり。
 帰りに車のいすの下を見てみると真ん中にハンコが落ちている。
 携帯も無くしたことがあり、その時も散々探したのに車の椅子の下に出てくる。
  その前に森谷さんと話した時、森谷さんが持っていた携帯が私のだったような気がする?
 かどうかは定かでないが、大島寺田は「そういうことがあったとき、私だったら、警察を呼ぶ」などと言っている。無視していると「頭いいんだ」などという話になる。そして、誰かが呼んだらしく、本当に警察が来たと話している。

・見知らぬ新人に「栗原さん、栗原さんのこと、栗原さんって呼んでいいですか?」と言われる。「なんで既に栗原さんと呼んでるのに許可を取ろうとするのかわからない」と言うと、「やっぱ人の話きかねぇな~」と言われる。私が「話通じないこの人」と言っても無視。

家の日記にパソコンのパスワードを書いたら、翌日、総和営農センターに居たときに、そこの同期が来て、笑顔のまま「カードで預金残高確認したほうがいいですよ。盗まれてますよ。」と言われる。それだけ言って去っていく。

・家で、父親に「飲み会で無理に飲むことはない。もらったのをちょっと飲んで其の辺のコップに移す人だっているんだから。」と何度か言われる。
 その後、何故か石川課長が飲み会で父親の言ったとおりのことをするようになる。以前はそんなことしなかった。しかも、何度も何度も見せ付けるようにやっている。



・大島(後輩)
 最初は親しげ?だったが、悩み相談を私がしてこないからか、寺田・大島といっしょに嫌がらせするようになる。「お前なんかに味方するわけ無いだろ」とも言われ、「はあ?」と言ったが、これまでの経験から適当に傷ついた様子をしないと話が進まないので、そのようにした。すると、追い込むみたいに3人で何か言って来た。

・ 農産物直売所総和店に勤めていたころ、家で父親に「客の様子とか注意しろよ。危ない奴とかポケットごそごそしてるのいるからな」などと大声で注意される。

 数日後、お爺さんが訪れて、とてもうれしそうにしながらずっと上着の左ポケットに手を突っ込んでずっとガシャガシャと高速で動かしながら「店に落とし物をしたんだけどわかるかな~」と言い、大げさな身振りでポケットの中のものを取り出してドンっとおいて「これと同じなんだけど」。その間中、ずっとうれしそうに顔を強張らせている。

・ 「わかるだろ!」と言われると私は話をあきらめていたので、よく「わかるだろ!」と言われる。このころは、みんなで私を辞めさせようとしていたので、別に集ストとは関係ないが。

・ 私が辞める前、総和営農センターの同期の彼と園芸課の大島(女)は私がじっと見ると、しゅんとしたような態度をとってから私を見て嘲笑するということをやった。
 そうするようにとのマニュアル?斉藤はしゅんとしただけ。

・辞めた後、ハローワークでおばさんに車の中で私が言ってたことを捲くし立てられた挙句、職業検索した後で来たのに何度も「検索してきてください」と言われるので、そのようにすると、偶然直売所で一緒に働いてた女の人がいて話をしたが、「私○○(私が先日受けたのと同じ会社)受けたけど、辞めちゃった。向いてないから、向いてないから。」私を見てあごの前後運動をさせながらそう言うので、「え?パートですか?」「いや」「正でですか。凄いですね。」「いやよ」「え?もう辞めちゃったんですか?でもまだ少ししか経ってないですけど。募集から。」「向いてないからよ」

 また、平日の昼に農協のATMにお金を下ろしに行ったら、同じ人がいて、車の中でずっと電話していた。私のことを超見ているのでお辞儀をしたが、まったく無反応なのに私をガン見しながら真剣に話をしてる様子なので去る。

 (同じ人。越路に勤め始めた頃、スーツをクリーニングに出しにいくと店員で働いていて、「おう、くりぼう」などと、当時越路で呼ばれてた呼び名を言われる。少しすると、もう辞めていた。)


・ 園芸課の石川課長に辞めた後、集団ストーカーだったんですよねと聞くと、「そんなの初めて聞いたもんよ、今はないんだろ?頑張ってな!はいはい、はいはいー」と言って終わり。

 長井戸支店の水野
『え?はぁ~集団ストーカー。知らないなぁ。』
「でも日記に書いたことを翌日くらいに会ったときに僕に言ってきましたよね、何度も」~、
「着信音変えたほうがいいですよ、そんな曲」
(バカだ馬鹿だ、と聞こえる妙に陽気な曲、海外の曲の切り抜き?丁度、集ストの人らはそういう曲を待ち受けに使うとネットで見た後だった。)
『いやこれは変えられないなぁ、ポリシーがあるからな、人に言われて変えるような生き方してないからね*2』
『どうした?』「え?」『どうした?』「は?」『どうした?』(会話にならないので終わり)



・越路に勤めていたとき(6月ころ?)、農協に電話。
 「集団ストーカーというのを受けてたらしいんですよ」「集団ストーカー?」と話していたら、千野課長に代わる。
「集ストがあるというのは把握してますか?」
「初めて聞いたよ。」~「誰がどうだって?」
「大島さんと寺田さんと石川課長と~~」
「へえ」
「実際、僕が禿げを気にしているみたいなことを書いたら、僕禿げてないのに禿げみたいに言われることが」
「いや、それ課長の頭が禿げてるからじゃないの」
「いや違うんですよ、他にも~~」
「なるほど、いやね、農協でもそういうことあったら対応します。~~基準にも違反するしね。」
「はあ」
~~みたいなとこに閉じ込めて隔離するとか、周りをそういう人で一杯にするとか、そういうことないから。そういう技術も無いしね。
「技術!?」
「じゃあ(切られる)」

 なんか、初めて聞いたとかの割には、かなり具体的に知ってそうなことをまくし立てられて切られたので、暗にやっていたと伝えられたということか。
 私が配属された園芸課は他の人達と隔離された部屋だった。
 そこに関係者を集めた。千野課長が言ったのはそういう話だからね。
 そういえば、「初めて聞いた」とは石川課長も言ってたし、水野も言ってたし、越路の沼尻に言ったときも「うそ、はじめてきいた(棒)」と言ってたし、マニュアル行動だったのだろうか。


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