2015年6月9日火曜日

虚淵作品に見られるストーカーの影響

・はじめに

 私のRPGや私生活を仄めかすようなキーワードが流行する中、虚淵は特に私の興味関心を後追いするみたいな作品を作り続けた。
 影響を受けて操作される立場だろうか?

 しかし、PSYCHO-PASSが彼の実体験を元にしたみたいなノリで書かれたとすると、むしろ遊びで仄めかしとかやらせて、ノリで叛逆を流行させるグループの一人だろう。

 しかも、それが私への工作ということになる。
 多くの人が絡む業界だから、色々な繋がりがあるものかもしれないが・・・
 

・魔法少女まどか☆マギカ

2011年1月7日~4月22日

前書き


 そもそも、このアニメは、2009年発売の『魔法少女えれな ~肉姦淫獄の果てに~』のパクリらしい。

 虚淵のパクリ方で気になるのが、パクッたゲームの脚本担当の名前が和知まどか”(わちまどか)だということだ。
 まどまぎの主人公の名前と同じ。

 キルラキルも変なパクリ方で原作者を激怒させていて、その作品でも私への仄めかし?まであったが、虚淵も同様に、あてつけのような仕方で他の作品からパクっていることになる。
 どうしてわざわざそんなことをするのか、普通の人には理解できないだろう。
 他人の作品だが、映画「バードマン」が「ガッチャマンクラウズ」に似せてあることからすると、元ネタがあった場合に似せる仕来り、あるいは敬意という感覚なのかとも思えるが、単に考えるのが面倒で似せてしまうだけなのかもしれない。本人にしか分からないことだろうが、作品の出来から推測はできる。

 虚淵と同じニトロプラスの林が脚本したブレイブリーデフォルトでも、私のRPG夢見る骸をイメージさせる作品の中に「アナゼル=ディー」というキャラを出して、夢見る骸の「ミセリ=D」と仄めかしていた。


内容についてなど


 夢見る骸(解説ページ)との相似は、
  ループ物で毎回全滅、
  何度もループしていて助けようとする人、
  殺しても何度も出てくるキャラ、
  何を望む、
  王道から絶望など、
 他にもあるかもしれないが、この時点では別にストーカーとか流用とは思っていなかった。
 話の内容は全然関係ないし、ループなどは少し前に流行したものだったので、時代というか。
 (「王道から絶望」は虚淵が初となる形)


(最終話を見たときは、何故似てるのか自分でも上手く説明できなかったし、認めたくない部類のことなので混乱したが、それでもまだ「変」くらいに思っていた。
 しかし、ブレイブリーデフォルトでアレだけあからさまにやってきたのだし、こちらでもそうだろうと考えるようになった。)


・ワルプルギスの無敵設定(天界ルートラスボスも無敵で絶対に倒せない)・
笑い続ける設定(憂罪についての図書館での記述との相似)などで、なんとなく思い出しながら見ていたところ、ワルプルギスの救済の場面で「呪わなくていい」とか言っているのは、夢見る骸の憂罪に言っているように聞こえた。


 なぜそう思うのか最初は分からなかったが、似た印象が立て続いたためだろう。
 憂罪は呪殺の巫女で、世界全体を呪い続けている神の仲間。


 全てを「戯曲」に変えるまで世界を回り続けるという設定は、夢見る骸の「つーかね、これ、ゲームなの。もう過去から未来まで至るまで全部決められちゃってるの。」「俺たちはその登場キャラで、決まったこと何回も何回も馬鹿みたいに繰り返すだけの駒なんだよ!」という世界観に合わせたもの。




 ストーカー班なら、昔、私がCivilization4のFFH2のMODで書いた、「呪殺の巫女」「儀式が馬鹿馬鹿しくなって狂った」という設定も知っているだろう。


 また、無限にループして死に続けるという、登場人物に希望が無い設定をキャンセルしている。
 普通にエンターテイメントなんだから当たり前とも言えるが、ブレイブリーデフォルトであからさまに示されたように、私の作品に対するカウンターとして作られたものとも見れる。

 私の作品は天命信仰が盛んな国の話。
 国が滅んでからは、天命の通りに行動しても自分たちが助かるわけではないと知りつつも、やはり天命の通り行動し、自分たちが天命を下した存在によって操作されてると主張する者を殺す。
 神々の戦いによって世界が荒廃し、人間が生きていけなくなるので、最終的に天命を果たす以外にすべきことが無くなり、天命通りに呪いの神を倒した後、全滅する。
 作者自身が言うのもなんだが、「こんなの絶対おかしいよ・・・」という気分になる。
 また、最後に天命を下した存在が現れ、主人公に「何を望む?」と問いかける演出がある。


 ワルプルギスがスーパーセルを元ネタにしているというのも、スーパーセルは丁度その前年に私がネットで収集していた画像なので、ストーカー的といえる。



 つまり、ワルプルギスまわりが特に一致する感じ。

 ドレスの形も憂罪と似てるし、本体部分が人形というのも同じ。
 ワルプルギスは常に笑っているが、憂罪は笑い女という設定もある。
 




 虚淵は、魔女になったのは別の登場してない魔法少女としているが、暗に憂罪のことを言っているようにも取れるように、との配慮か。

 また、まどかが最初に救済に行く少女が緑髪で、石の祭壇がある村?みたいなところに居るのは、夢見る骸で出てくる昔の村を思い出した。
 夢見る骸では悪夢の神が出てくる。緑髪の少女で、丁度、そこが悪夢の始まった場所。
 しかもそれは、野々村という巫女が豊穣の祈祷を通じ、呪殺の巫女・憂罪となったため。

 その辺りの一致を狙ったものと見られる。
 おそらく、ソウルジェムの設定は祈りの果てに呪殺の巫女になった設定を想起させるためでもある。

 この村の人達が何か民族っぽいのも特徴。
 緑髪の少女はチベット人らしい。


 見た目にはこのくらいの一致なのだが・・・まあ虚淵が描いたんではないし

他に建物などは無い。国旗みたいなのはチベットの装飾らしい。

(祈祷のおかげで辺りに森が増えてきたとか村人が話している村。村人はインディアン風。)








 同じニトロプラスの林が脚本したブレイブリーデフォルトは夢見る骸の構成を想起させるような内容なので、まどマギの「王道から絶望」という展開も『えれな』からパクッたというだけではないのかもしれない。
 それどころか、同じニトロプラスの林が脚本したブレイブリーデフォルトは私のシナリオに似せて作っているので、私にメッセージを送るように作ったんじゃないか、という気すらしてくる。




 この作品より後、虚淵は主に神や言葉、権威・権力に反逆する物語を色々と書いている。
 私に対するキャンペーンと符合するので、何らかの形で私へのストーカーを要請されたものと思われる。
 同時に、以降の作品には私の私生活などの仄めかしも含まれるようになる。

 なお、私が行動しないからか、ALDONOAH-ZEROで主人公を「なおくん」にするなど、あたかも露骨さをエスカレートさせるかのような演出までしている。 




・PSYCHO-PASS

2012年10月12日~2013年3月21日

概説 

 考えてたり感じていることによって犯罪係数が上下し、刑罰もころころ変わるという設定のアニメ。
 これは見ようによってはストーカーと関係があると言えなくもない。

 動揺とか興奮状態とかも参照して犯罪係数を測定するらしく、犯罪者だけでなく被害者まで逮捕・殺害執行対象になる。 相手を暗に挑発して怒らせたりすることが攻撃になるというストーカーの経験から、このようなアニメが作られたと見れる。
 表向き仲良くして善人面したまま相手を陥れるとかなら、政治的闘争としては普通なので、それが描きたかったとも考えられるが、それならこういう表現にはならないだろう。

 サイコパスな人間はいくら犯罪をしても罰せないという欠陥機構だが、そこがエンターテイメントとして見れるよう、サイコパスとは何なのかなどは曖昧にされている。

 ストーリーが進むと、実は犯罪係数の測定はサイコパスが行っていて、サイコパスだけ特別扱いしてただけということが判明。そう考えると、銃口が正義を創るというキャッチコピーも、その流れと理解できるが、、、描写されてることは、本当にそれだけだろうか。

 私は以前、サイコパスは現代人の理想を体現していて、我々が模倣すべく崇めている対象であり、彼らから学ぶことでより良い人間になる、などと日記に書いていた。(ストーカーがサイコパスの真似してるみたいなので、皮肉として。)
 それと関係があるかは知らないが、このアニメでも主役はサイコパスという描写。

 また、作中では楽しみのために利用されて悪事を行う人達が描かれている。
 その人達をどんどん「いらない」といって捨てる展開だが、ストーキングで誘導して遊んだのを処分していく話にも見えなくはない。



逐話的説明

第3話 

 金原というのが出てくる。
 工場でいじめられているという設定。 
 当時の私は倉庫業で職場の同僚からストーカー被害に遭っていたので、その関係か。
 少なくとも、私が勤めていた岡本物流の人は、私が普通にしてると「綺麗になっちゃった」など、アニメのセリフを使ってきていた。


第5話 

 黒幕がスイッチを押して態度を豹変させたキャラたちが寺山修司を持ち出して、「人は皆誰かの代理人なんだって」と言いながら、犯人の男を追い詰める 黒幕は「もう底が見えたから」「寺山読んだら?」と言って見放す。
 代理人云々は、私が日記を止める少し前に書いた文章に対して言っているのか。

 別の話だが、当時は「いらない」というのもよく聞いた。
 夢見る骸作ったあとにも見ていたふたばチャンネル東方板のスレッドや、ステスト掲示板に書かれてたことや、ニコニコ動画のボカロ曲で「必要なくなったから捨てられた可哀そうな云々」と、仄めかしめいた他の動画と一緒にランキングされていたなど。
 どうも、私をなだめたり駆り立てたりして「創作」をさせようとしていたらしい?
 いや、怒らせようとしてただけか。


第8話 

 やはり黒幕が「君はもういらない」と言って捨てる。
 「誰がやったか書くがいい、切り株のようなその腕で」と言って挑発。
 これは私ではない人が元ネタなんだろうか。


第10話 

 「人は困難に直面した時本性を現す(試される) 君なら分かってくれるかな」的なセリフ。
  
 戸塚たくすの漫画でも同じようなセリフが出てくる。
 忘れたが、以前にも2ちゃんねるの集スト掲示板の記述で同じようなことを見た気がする。

 本性とか本質とか言っているが、実際に彼らが言動で示していることは、「困難に直面しても無力なのが本質」という意味なので、私としては、特に対抗策が思いつかなくて無視してる時に「現実と向き合え」とかそういった類の言葉で挑発or無力感を煽るというふうに捉えていた。

 もしかすると、自分たちが盗聴・盗撮を行って、アニメやTV番組で仄めかせるのを出来るだけ快いものにしようと努力した結果、「困難を与えて教育する」思考になったとも考えられる。


第11話

 シヴュラシステムで対応できない殺人者が登場。
 これは法の網をかいくぐって犯罪を犯すので、現行の法律やら警察制度では対応できないという比喩か?
 虚淵のことだからストーカーの嫌がらせ行為が連想される。


第14話 

 周りの人の精神をコピーして偽装するので、街中で堂々と犯罪を行ってもシヴィラシステムに感知されない描写。
 ストーカーみたいに、周りの人には「普通の言葉・仕草」でも「対象にだけ通じる悪口・悪印象」になったものでイラつかせるので、周りにバレないとかを表現したと見られる。

 暴漢に女の人が目の前で殴られてるのに、シヴィラシステムはむしろ殴られている被害者のストレス反応に異常が出たといって病院行きを勧め、周りの人たちは無感動に見ている。

 かなりシュールな光景だが、周りにバレないよう、怒らせたり挙動不審にさせて評価を落とし、病院行きを勧めるというパターンの描写か。


第18話

 脳をつなげたり交換したりする社会という演出。
 「銃夢などでやってるけど露出が少ないので、もっとメディアでもやるべき」とした私のメモと一致。
 まんま銃夢のパクリなところがメモ通り。

 また、作画崩壊の回でもある。作画班はパクリなのを知らされてなかったのだろう。


?話        

 「~よりプレイヤーでいたい」という槙島のセリフ 一度だけ日記にそう書いた。

 「本を読んでると、内容が頭に入ってくるかで自分の心理状態がわかる」とか一連のセリフ。
 当時、本を読んでても難しい内容やあまり興味の無い内容だと、ストーカーのことを考えてしまって読んでられないので、色々本を代えて読んだりしていた。
 読むのを止めて、パソコンのメモ帳に被害について書いたりしたこともある。
 私が部屋で本を読んでる仕方について、妙な解説をつけて当てこすったものか。


第21話 
 極端な人々で多様で普遍、より完成された世界 
  過激な個性化を果たした人々で社会がより完成するとした日記と一致。


第22話 

 誰も他人を必要としない どんな才能も変わりが見つかる
 そんな感じの独白も私の日記と同じ。
 めだかボックスの梟にもなった。





 反逆というテーマは、これ以前に私生活で見た動画で私がルシファーのメタファー使ってるとか仄めかされたこともあり、意識して私も書くようになったもの。つまり、誘導に乗ったわけだが。



 ガルガンティアも神・プログラム・権威への反逆。
 まどまぎ劇場版も反逆がテーマになっている。

 いい加減やりすぎ。

 叛逆作品の傾向としては、ストーキング要素によって私に物語と自分とをオーバーラップさせ、叛逆とか復讐とかに向かわせようと煽る感じになる。
 半沢直樹はドラマの名前を直樹としている。たまたま一緒だったのを作品タイトルにしたものだろう。




・彗星のガルガンティア

2012年4月7日~2013年6月30日


 主題歌が「この世界を待っていた」と言っているので、だれか他のストーカー被害者からパクリなのかと思われる。

 いつもの嫌がらせアピール。

 私との関係は、主人公の所属する国が「効率重視」で「効率的なら幸福」とか、そういう描写。
 日記によく書いていた。ストーカーサイトのステッパーズストップでも、それを元にしたと思われる「超新星ガガンボヤ」というアニメをやったとかやってないとか。(「主人公が効率という度に笑える」などコメントが見られた)

 まあ、虚淵が参考にしたのはSF作品と思われるが。。。

 他の類似は、私が書いた、「人間が太陽の自壊から逃れ、宇宙船地球号に乗って、まったく違う生命に変化しながら生きていく」というところか。
 ガルガンティアでは太陽の衰えに備え、単体でイカになって宇宙遊泳していた。

 太陽が無くなるから寒冷期とかは、ボカロなどで「お前が殺した太陽」と仄めかされていた経緯もあったし、実際に私が太陽が無いことを書いていたことに由来しているのだろう。

 前回のPSYCHO-PASSでも思ったが、虚淵は社会への批判みたいな形にするつもりで真似し始めているようだ。私の興味関心がそうだから、そうなってしまったのだろう。


 原案とシリーズ構成は虚淵だが、脚本は1話と最終話のみ。


 ラストのチェインバーと敵ロボットの会話なども、効率とか言ってて私の日記の影響かと思われるが、そうだとしても虚淵はちゃんとお話として作ってあるので、たすくとかと違ってストーリー展開に違和感は無い。


 AIが神になった、目的志向型の宗教の敵として出てくるというのは、私が旧約聖書的な世界観で言葉によってどうこうと日記に書いていて、目的=太陽がないと生きられないみたいにも書いていたことと関係か。

 「死に方が分かっても生き方が分からない」と言う主人公が助かる展開だが、主人公の考え方は私の日記や夢見る骸を真似たみたいでもあるので、やっぱりストーカーじゃないか、というところ。

  最終話のセリフ。
    「遠い昔。空の太陽が死にかけたとき、人々は星々を渡る船に乗るかクジライカに
     姿を変えるか、選択を強いられたんだ。二つの人類が故郷を捨ててまで
     争い続けた一方で、この星に残り希望を信じた人々が、最後には太陽を蘇らせた。

     その代償として陸地は海に沈んでしまったけど

     僕らは波の上で、そしてクジライカは海の底でお互いに生き残ることが出来た。」

 宇宙関係のSFでは必ず太陽が出るものだが、ある意味ちゃんと似せてきたというか、最初はこのアニメには類似など無いと思われたがこういうことになるので、一応チェックしておいて良かったのか悪かったのか。



・仮面ライダー鎧武
2013年10月6日~2014年9月28日

 ヘルヘイムという森が侵食してくる世界の話。
 夢見る骸でも、森が侵食してくるという話がある。

 他、旧約聖書とか北欧神話とかがネタ元らしい。

 見てないし、よく知らないのだが、関係あるのだろうか?


・劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語
2013年10月26日公開

 ラストでとんでもエンドになったのは、虚淵とかが「どんなエンドにしたらいいか」悩んでいたときに、ほむらが悪魔化して世界の理を作り変えるというのでどうだと言ったら、やっとOKがでたという話をネットで見たことがある。


  神に反逆するルシファーというのは、当時の私の日記の内容と一致するので、それに合わせさせたということか。
 私としては、仄めかしや挑発の誘導通りにしていたつもりだったが、それを作品で実況するかのような具合。あるいは、この作品も叛逆誘導の一貫とも見れる。



 ほむらが引き籠って町一つを作り出した、というのも、私が街に固執したゲームを制作したことと関係あるだろう

 また、ほむらが「奴らは私たちを欺いてきたが生かしてきた。大人しくしてればやられることはない」とか「下手にさわげば不利になる」という趣旨のことを言うのも、集スト被害者的描写だといえるだろう。

 「秩序のほうが大事かな」とかの会話後、やるべきことを思い出そうとしているところをホムラが抑えようとする描写について。
 ルシファーが元ネタだからか?と思うが、実は私がストーカーに対抗するのを抑えようという気分があるのか、とも思う。




・ALDNOAH.ZERO

2014年7月~9月
2015年1月~3月

 もう一々確認しなくても良いだろうと思い、見ていない。
 
 OP曲歌詞で「君が見る夢は古いインクで紙に書いた祈りのよう」と私生活への仄めかしがあったので、内容も想像がついた。
 (OP曲などでの仄めかしは結構あり、こちらでも何例か説明した。)

 見ないようにしようと思いつつ、実は1話と3話?少しだけ見たのだが、その中で主人公の名前が界塚 伊奈帆なのに、仲間から「なおくん」と言われているので「やめてくれよ・・・」という気持ちになる。

  また、いつもひまわり動画で見ていたのだが、流れるコメントの中に「創価の虚淵か」などという書き込みがあり、集ストを意識させる当て付けとも見える。
 




・楽園追放
2014年11月15日公開

 「楽園追放」という題名は、製作発表前くらいに丁度私が日記で書いていたことと関係あるだろう。
 よく「我々は(楽園を)追放された」と書いていた。

 一応、私の意図した意味は『もう人間が好き勝手やって生きていけるものでもない』というもので、そちらのほうが一般的だと思うが、この映画では違う。楽園回帰とすらとれる内容。

 おそらく、細かい点は重要ではないのだろう。
 そして、またしても叛逆もの。

 これまでの経緯から、ストーカー勢力としての活動と思われる。


 ロボットとの会話とか効率についての主人公(女)の見解とかが、私の考え方というか日記に書いたことと似ているように思う。ガルガンティアでも似たようなこと言っていたので、それと同じ。

 PSYCHO-PASSでもやっていたように、アップで語りかけてくる演出がある。
 その中の一つで、「仁義ってやつ」という言葉がある。

 これを見たとき、虚淵は彼を操作している人に「PSYCHO-PASSとかでやったんだから、広めたいって言ってるのは広めてやれ」と言われたんではないかと想像された。

 2012年ころ、人工知能が人間の脳の構造を模倣できつつあるというので、私はそれを「やるべき」と何度も書いていた。

 しかし、確かに私は「広めなきゃ」と書いていたし、あのころは切羽詰った気分で書いていたが、実際自分ではやってないので、本当にされても困る。

 (2011年ころ、レイ・カーツワイルという人の本を読んで、「なんだ、ちゃんとやってるんだ」と思ったのだが、その後にストーカーがハッキリ激しくなると、必死な気分になってきて「広めなきゃ」とか書くようになった。
 その後、2014年ころに父にレイ・カーツワイルの本を見せて「古い」と言われたことでショックを受けたが、NHKでレイ・カーツワイルらの主張を特集した「未来」の番組が製作され、フォローされてるみたいな形になった。
 しかし、実際、SFとかでは古いし、レイ・カーツワイルも「コンピュータに人格保存して生き続ける」とか阿保みたいなこと言ってる。


 PSYCHO-PASSでは私へのメッセージの時にアップの演出を使うのが多かったので、楽園追放でも同じかもしれない。
 つまり、「やったんだから文句なかろう」という挑発?





・その他

 メディア関係者で娯楽目的のストーカーになるのは、ヤクザ絡みだからとも見れる。

 よく分からないが、虚淵は関東連合と繋がりがあるとか噂もある。
 2chのまどマギスレでは、虚淵が関東連合と関わりがあると主張しつつ、「風俗行ったな」とか「おまえ潰した」などスレに無関係なことをずっと話しかけている人が居た。
 一見すると、荒らしにも見えるが、私怨か工作員だったのだろう。
 



・追記
 やはり状況証拠でしかないが、虚淵に2015年8月1日にtwitterで紹介したところ、虚淵は当てつけのような脚本を担当した。以下で解説。
 
 うーさーその日暮らし夢幻篇で、虚淵は最終話の担当だった。
 その脚本でうーさー(主役)はいろいろなSF作品の世界に浸っている自分を想像。
 上記サイトで「虚淵は他人の作った物語に沈溺して自分で脚色した情景を発表」とあることへの当てこすりか。
 


虚淵にサイトを紹介(20150801)

うーさーその日暮らし夢幻篇最終話について告知


 その後、虚淵は「まどまぎ以降はやらされてただけ」とか言い出す。私のサイトへの反応だろうか?
 そうなら、彼は操られずに済むし私は妙な事言われないで済むわけだ。
 が、どうせ言い訳なんだろうな・・・というところ。

私のサイトへの反応か?













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