2015年6月9日火曜日

全体の経緯

 ここでは、私が体験した出来事の全体的なあらましについて述べてあります。
 一部、無関係な記述もありますが、私の人となりを理解していただいたほうがいいだろう、という配慮です。なるべく具体的な事例を話すという方針ですし、彼らも知っていることなので、いいだろうと思いました。興味ない場合はすみません。




 先生と生徒の組み合わせ 指導員と女の先生
 盗聴・盗撮などについてはあまりなく、主に先生と生徒の嫌がらせが主な内容になります。
 もしかすると関係がある。



・中学生時代 
 集ストらしき経験はなし。
 攻撃されても反撃しないので、いじめられていました。
 いじめといっても深刻なものではなく、変なのがいるからかまってやろうというようなもので、私に対する無視や人格否定などはありませんでした。



 盗撮・盗聴がされていたのかと思われるようなことがありました。
 2年生からですが、佐藤という、他人に嫌がらせばかりする同級生が、私が私生活でやっているようなことを「自分がしていること」としてよく話すようになりました。

 他の人はそういうことを言いません。彼だけです。

 おそらく、このころ集ストが開始されたものでしょう。
 異常事態ではありましたが、受験勉強が忙しかったので特に気にしていませんでした。



大学生時代(未整理)
 うたばんなどTV番組で私の行動をネタとしてやる。
 大学の同級生が人を狂人扱いして遊んでいると話す。
 デトロイト・メタル・シティという漫画の第一巻が私が大学でやったことそのままのネタが使われているなど。

 このころから、私はパソコンを始めたのですが、いつも見ているサイトなどでの仄めかしも始まり、家族も私の日記や大学での行動を知っているようなことを言うので、そういう監視をされているのだと気づきました。
 その後、むしろ見られて把握されていることは普通のことだと思い、開き直っていました。

 自分では平気なつもりでいましたが、実際には、モラル面で大きなダメージを受けたと思います。性生活などについても仄めかされますし、盗聴等のターゲットになったまま責任のある仕事に就こうという気にはなれず、社会から離れたいという願望の正当化に繋がりました。




・大学卒業後 就業

農協では、前の机の臨時の人が私の日記の内容と関係することを毎日1度は話しました。
 私はそのころまだ見られているのが当然と割り切っていたので、向こうはそれを利用して日記の内容を想起させるためか、ぶしつけに「何がしたかったの?」とだけ皆の前で聞いてきて、私が「全部です」というと、何のことか分からないまま笑うというふうに工作されたりしました。

 ネットや新聞・TV・娯楽作品での仄めかしも多々ありましたが、私は気づいていつつも問題が無いように扱い、向こうが飽きるまで無視することに決めていたので、刺激しないように日記などにもほとんど書いていないです。記録していないことは大体覚えていないので、具体的なことはあまり言えません。




・高校生の時RPGツクールで遊ぶのが好きだったので、それを思い出して夢見る骸というゲームを作ったのですが、いつも見ていた掲示板でゲームのテキストを使われた上で、「頭おかしい人は人生のスパイス」と、娯楽として扱っていると知らせてきて、集ストサイトを紹介した上で「ずっと見ているよ」など連貼りしてみんなを怖がらせていました。また、「みんな仲良くやってるのが癒される」というふうに日記に書いたら、2ちゃんねるに荒らしを頼んだという話があり、常連がいじめられるなどありました。
 自分が受けている妙な状況が集団ストーカーによるものだとアピールされ、少し怪しいと見ていたサイトなどでも一線を越えてきたような仄めかしがされだしたので、私としても無視するわけにはいかなくなりました。

 そういうわけで、ネットで集団ストーカーについて調べていたのですが、越路金属というところに就職が決まった後、2ちゃんねるや私が見ていたサイト(集ストとは無関係の右翼系なサイトでした)などで「長いこと被害受けている奴が加害者ばっかりのところに決まってて笑った」というふうなことが書かれました。
 右翼系サイトでは、私の日記の文言を真似た文章も併せて掲載されました。
 (「○○(人物)は張り裂けるだろう」という言葉。「張り裂ける歓喜」とよく書いていたためか。)

・そして、実際に越路金属で働きだしたのですが、なんだか私にはもう集団ストーカーだとばれているという前提で、開き直ったかのような嫌がらせが始まりました。
(集団ストーカー掲示板にある話や創価アピール・私がネットで見るようになったころ出来た集ストinfoというサイトにあることを分かるようにやってきました。)

 罵倒や嘲笑・実況などをあまりにも大声で楽しんでやっていたのでボイスレコーダーを買ったところ、ぴたりとやめて、「もう言えなくなっちゃいましたね」、「ジェスチャーでやるしかねぇかな」、など話していて、盗撮盗聴をアピールするなど。
 そして、そのように開き直っているにもかからわず、何故か私が悪いとか精神病院行ってくれるのでなければ雇っておけないと言いはじめるので、「嫌がらせを受けているだけなのに何故頭おかしいことになるのか」と聞くと、「まあいいじゃん」と話していました。
 一番激しかったのは攻撃が始まった最初の時期だったんですが、あんまりにも凄いので逆に覚えていません。

 音の照射が行われた時期でもあります。越路金属就職前の数ヶ月~1年間ほど。
 大学時代にも被害はあったようですが、私は気にしていませんでした。弟は気づいていましたが。
 この頃、寝ている際に頭を狙われ、夢の中でブンブンいう音が大きくなってきてそのまま激しい頭痛とともに目が覚める、ということが2回ありました。こんなことをされては脳が駄目になって戻らないと思いました。
 それ以後はありませんが、それまで「実害」と呼べるようなことが無かったと言い聞かせて来た私でも、この2回は絶対にまずい事態だと捉えざるを得ませんでした。




・私の制作した夢見る骸というゲームは彼らの仲間内で好評だったらしく?魔法少女まどか☆マギカというアニメや、ブレイブリーデフォルトというゲームが作られました。
 また、放送されるアニメのジャンルや話の筋などが私のゲームに似たものが多くなりました


 そのようにして私を喜ばせようという意図があるかのような仄めかしをするとともに、虚淵のサイコパスというアニメでは集ストを扱ったような内容と合わせて毎回に私へのメッセージととれるものを仕込んだり、その後も私の興味関心を後追いする形で脚本が製作されるような状況が続きました。

 私のゲームは内容が私のパーソナリティや過去の経験などを反映したものだったため、それに合わせて挑発するような工作もあり、「もう何を考えてるか知られたくない」心理的な自衛から自分の考えたことをメモに書くのが嫌になったんですが、それでも書くのを止めませんでした。
 ただ、恐怖心からか、工作に合わせて日記を書くようになりました。
 内容は集ストへの皮肉も多かったのですが、それは特に気に入られ、仄めかしに使用されやすかったと思います。 



・その後、普段は私の就職について何も言わない父親が仕事から帰るなり半ギレしながら勧めてきた岡本物流株式会社に就職が決まりました。

 そこは広告では正社員募集だったんですが、臨時職員でしか募集していませんでした。父はそれを知ると「やめていい」と言いましたが、一年近く無職なので就職しました。
 実家から離れて東京で一人暮らしになったのですが、ネットで監視を知らせてくる頻度が格段に高まり、また社員寮に毎日侵入され(鍵穴に折れた鍵の先っぽが入ったままだったのに無くなっていたり)、工場移設で実家に戻ってきてもラジオや職場や自宅周辺で妙なことが始まり、嫌になった私は退職することにしました。

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