・前文
この漫画は集ストの目的で構成された作品。
少しだけそういう風に見えるとかならまだしも、話が全体に適当すぎる展開になっても、集ストだけはちゃんとやってくるというか。
作者のたすく氏はニコブログで、編集に駄目だしされて、かなり内容を変えたと公表しており、集ストはどちらかと言うと編集の恣意によるもののようにも見えるが、どうだろう。
序盤は主人公の監視生活と、監視を知らされながら「面白いことをしろ」と要請された主人公の心理描写などがメインだが、私のプライベートに関係した内容が多い。
最初は「他の人に向けた工作」とも思ったが、4話あたりは私のRPGに対する当てこすりと読めるようになっている。
面白さを度外視して集ストを優先するような構成で、裏サンデーの他の作品(素人が作っている)と比べても内容が無い。
作者は会社を辞めてまで漫画を描いてるのだが、漫画作成より金儲けに注力しているようで、何がしたいのか分からない。
とはいえ、作品の内容が薄い理由は、編集が作者に「ゆっくりやるように」指導していたからだという。twitterでも似たようなことを言っていた。
けれども、私の日記の流用で「社会は脳」とか言ってるし、そもそも一致が切れ目無く続くので、作者本人が一番怪しいのは変わりない。「ゆっくりやる」というのも、私(あるいは別のターゲット)が何か面白いことをするのを編集と二人で待ってただけなのかもしれない。
また、8月頭からサイトの漫画をコピーして保存するようにしたところ、8月30日でコピー防止機能が採用された(9月2日から実施)。
・ゼクレアトルの集スト的内容について
第1話
舞台設定が集ストの状況に似ている。
監視を知らされ続ける生活の主人公。
社会に公表される漫画を利用して監視の仄めかしを行うのが、私の経験と一致する。
第3話
・「主人公なら全部欲しいと欲張れ!」というセリフ
私が農協で言わされたことに類似させるための言い回し。
(「何がしたかったの?」「全部です!」)
第4話
・私が製作したゲームでは、
主人公はいきなり「まぁたゲームかい?大して面白くもないのに~」など言われる。
この後も、たびたびゲームということを言われる。
その後、主人公は「災厄の神々を全滅させる預言の勇者」だとされ、王道展開へ。
この、メタからの王道という展開だが、ゼクレアトル第4話で、まるで一々解説するかの如く
「いきなり王道設定で始めても読者が『またか』って思うだけだ」
「だから俺様はまず『主人公に漫画だとバラす』という珍しいメタ構造・・・」
「天辺に届くのは、王の道(王道)のみ・・・!!」
などと、得意げに講釈をされる。
しかも、私の意図とは違っているので、相当嫌な気分になる。
また、集ストと無関係に見ても、芸人が自分のどこが面白いのかを説明してるみたいで興ざめなので、ちょっとおかしい。わざわざ解説する構造にしたのは、当てこすりをやりやすくするためだろう。
第5話
周りに言っても理解されず、一人で戦うパターン。
主人公は「そんな思惑に乗ってたまるか」と考え、「これは漫画なんだ」とネタバレするが、時を止められてまで妨害される。

私も家族に言ったが理解されず、一人で向き合わされた。
監視と仄めかしは無視したかったのに、私には理解されようと挑発してくるので、向こうの都合なのも同じ。
また、「宇宙が何のためにあるのか気になる」という話が出てくるが、私のRPGでも「何が気に入らなくてこの宇宙が存在しているのか…」と言っているキャラがいる。まあ、これはそれほど気にすることではないかもしれないが。
第6話?
保存していないが、6話辺りで怪人が主人公たちを脅えさせるようなセリフを吐く(色つきフキダシ)。が、この時主人公たちは一切言い返していない。
たすく氏の前作、つまりオリジナル漫画のメインは「ウィル・コンバット(悪口合戦)」である。
どう考えても不自然だし、面白くないので読者にも滅茶苦茶不評だった。
しかも、この怪人はその後も倒されることなく、突如現れたお助けキャラに気に入られてしまう。
怪人のセリフは2ちゃんねるの集ストスレッドで見たことがあるもの。
おそらく注文があって入れたのだろう。
見せ方を考えないでやらされるだけだと、不評になるのは当たり前。
6話以降
「人生灰色」とか、その後の「目が怖い」とかは、私の過去の状態と似ている。
全く笑わなくなり、部屋でも無表情。
集ストネタバレとは順序が逆だが、私もまあ、こんなことをしていた。
「敵陣営には質問しない」
これも当時の私のメモからだろう。
私の監視班が変な方に誘導ばっかりするので、いい加減嫌になっていた。
常識で考えても、相手が不利になるようなことを質問しても無意味だろう。
10話
オリンピック(平和の祭典)に乱入した魔族が人類に開戦を宣言する。
![]() |
| 平和の祭典 |
これは私が2011年4月~6月に作りかけたRPGの設定のパクリ。
平和会議に乱入して人々を殺し人類に戦線布告というもの。(ダウンロード)
私自身、やっつけで作ったのに、それを無理に使っている。
こんな設定とかしか回ってこないんだろうか・・・。
一応、製作は2011年だが、丁度見直したりしていたところ、流用された形。
漫画では結構突拍子も無い展開。
そして、やはりというか、開戦を宣言したことで何かあるわけでもない。
何のために入れた描写なのか?ストーカーのためでしかない。
(他のストーカー班であろう虚淵のサイコパスというアニメは、私が部屋で本を読んでる仕方とかまで妙な解説をつけて当てこするなどしている。
「本を読んでると、内容が頭に入ってくるかで自分の心理状態がわかる」とかのセリフ。
当時、本を読んでても難しい内容やあまり興味の無い内容だと、集ストのことを考えてしまって読んでられないので、色々本を代えて読んだりしていた。
それでも気になると、メモ帳に書いたりしていた。
それと比べると、たくすのストーカーはかなりグレードが落ちる上に状況証拠もあって突っ込みやすい内容。)
14話
私のRPG 「糾われた未来」edの「目を開けていても 見えるものは何も無い」?
15話ラスト
封真が「この世界は漫画」と主人公以外の登場人物にネタバレする。
夢見る骸のハリスと同じ。(ゲームのネタバレなので、セリフなどは異なる。)
![]() |
ずっと「ゲーム」とメタネタを主人公に言ってきたハリスだが、ストーリーにも関わってくる展開になったもの。ただ、実際にはこの人がそう思い込んでいただけ。
|
『めだかボックス』の安心院なじみは「メタネタ→本心と明らかになる」流れが同じだったが、ゼクレアトルはネタバレだけの一致。
世間的には『めだかボックス』からの流れというふうに見えるだろう。
『泣くな、はらちゃん』もそうだが、もはやメタネタ自体が回避不能の必然と化している。
『悪夢ちゃんthe movie』でも微妙にメタネタが使用される。集スト作品での意図的な流行。
それはさておき、封真とカンタの二項対立という展開も、私のRPGを模するためだろう。
よくある設定ではあるが、わざわざそういう展開にならないように掲示板などにも夢見る骸と書き込んでおいたのに、アクセス数が2とか3しか増えなかったから、結局こうなってしまった。
というか、本当にやるとは信じられない。
前回の五輪で宣戦布告という展開を見れば、そういう勢力だと予想できたものだが。
16話
・また私のRPGから模倣。
「モンスターどもは、『ある科学分野の発展を促進する』という行動原理に基づいて人を殺している。」という部分。
私のRPGで機械神がミセリたちに語った「発展のために戦ってた」というのの言い換えと思われる。
この漫画で、あんなにあっさり人殺ししてるだけなのに脳科学が進歩するとか、別に人殺しでなくていいし、そもそも何故脳科学と情報工学が発展すると分析してわかるのかも分からない。漫画だからといって適当すぎではないか?この適当さは、この後どんどん加速する。
しかももっと言えば、脳科学と情報工学は2013年前期の私の関心事である。
たすく氏も関心を持っているみたいだが、最終話で「心というクオリア」とかTV並みの迷信を披露してるので、本1冊読んだくらいではないか。
・ゼクレアトルの打ち切りが決まる。その理由は「天界打破」とかが反社会的だからとのこと。
当たり前だろう。どう見ても子供向けの内容で、そういう話をやるべきではない。
まあ、単に漫画が不人気だから打ち切りなんだと思うが。
しかし同時期、なんと虚淵らが主導して反逆系物語を製作し始め、結局流行することになる。
しかも、目立つように題名に叛逆としっかり書いてあったりする。
集スト的には流行らせないといけない傾きができたのだろう。
(私への反逆誘導工作として)
22話
「社会は脳」とか言い出す。
私も『脳化する社会がうんたらかんたら』とか何度も日記に書いていた(2013年2月ころ)。
受動意識仮説は本で読んで勉強したらしいが、私も当時似たような分野に興味を持っていたし、私が人々に知らせるべきとしていた内容と似ている。
23話6ページ目
仙界にたどり着いた封真の発言「千年分の時間をかけて殺す」


封真は2000年前の時代から千年後に転生して、以降もずっと転生し続けてきたという話だが、「1000年」というセリフを言わせたいが為だったのではないか。
このセリフで分かったが、私のゲームに出てくる泰全というキャラの「千年間逆さづりにされ封印されていた」「偽神を滅ぼすため天界へ」という設定を想起させるためらしい。
最終話付近
実はカンタにゼクレが告白(超求愛)することが目的だったという話になる。
![]() |
| 25話 |
ゼクレアトルでこの展開になる頃には、もう終わっていたので、懐かしい気持ちになった。
つまりこれは、集スト的に解釈すると、実はゼクレアトル連載とか革命とかやってたのは、たくすにとって私への超求愛が目的だったということにもなる。ホモ。


このような事情もあり、その後のセリフ展開も、私宛に入れたみたいなノリに見える。
実際は、そういう演出になるよう配慮されたのだと思う。
「愛は自由だから逮捕できない(ので付きまといの言い訳として優秀)」とも言うし。最終話
人工知能や脳の話が続くが、生きる目的についての話になる。
虚無へ向かう人達。「人生は暇つぶしさ」というセリフ。
私のRPGのセリフから?本当に細かいし小さい一致だが、なんとか切れ目無く続けてくる感じ。
人生の究極的目的とかの話になるかと思われたが、そうはならず、人間2人(神)が『物語工場』を作ったとか、そういうのが楽しいという話になる。作者の考えとも思えない。
一番ありそうなのは「適当」、に見えるが、実は集スト勢力が物語を作らせて仄めかす方が楽しいとか、そういう描写なのかとも思う。
・漫画について
4話で「綿密に仕込んだ設定」と言った割には、ストーリは滅茶苦茶で、設定も破綻してないとは思うが行き当たりばったりだった。
つまらない理由としては、会話などもテーマが重いわりに知性が感じられないし、登場人物の誰にも共感できないような作りになっている。
最初から編集に集金システムとかそういうことばかり話していたらしいので、すべてを捨てて漫画家になった割に、金のことばかり考えているという混乱した人物。コミックスのオマケ漫画では、「打ち切り怖い」などと書いてる。
一応、彼の中では漫画出版業界の改革とか、そういうところが目的になっているらしい発言があったと思うが、よくわからない。
作者が会社を辞めた理由は、漫画をかけないでいたところ、編集に煽られたためらしい。
(社会人~裏サンデー時代参照)
・ゼクレアトルは工作作品だとして、編集と作者どちらの関与なのか?
ゼクレアトルは最初、新都社のスモーク=リーと言う人の漫画のパクリと言われていた。たぶん、本当だろう。
しかし、連載終了後、作者はニコブログで編集に手直しされる前の作品を公開。
そちらは「主人公が、突然自分がマンガのキャラである事に気づく」というもの。
当時、既にめだかボックスで安心院なじみが『この世界が漫画だったら』と仮定して話す言い回しをしているものの(この漫画も集スト描写がある)、オリジナリティを感じさせる内容。編集は「展開が早すぎるから」と止めたらしい。
手直しした後は、かなり集ストっぽい構成になっている。完成品はさらにである。
編集に手直しされる前と後の作品を見比べると、前の作品はメタ構造をテーマにしそうに見えるのに対し、後の作品は監視・管理する側とされる側の心理や人間関係なので、扱うものが違う。
たくす氏は気づかなかったのだろうか?表現したいものが変わってしまっているのだから、面白く作れるわけが無い。
(ゼクレアトル連載中、裏サンデー作家たちのリレー漫画企画があり、たくすはトリを飾った。
そこでたくすはメタ構造をテーマにした作品を書いている。ダウンロード
諦めきれなかったのではないか。)
しかし、そうだとすると、集ストの殆どの部分は編集の言うとおりに作っていただけということなのか?そんなことなんて、あるだろうか・・・?
神(人間)が出てくる展開は、『オーシャンまなぶ』でも、たくす自作のRPGでも神(宇宙人や人間)を出してるので、彼らしい構成だが、そういう作風が利用できると判断された。そう考えられなくも無い。(私のRPGには全てを操っている神が出てくる)
実は、その一年ほど前の2012年11月14日、第6話あたりにも、「集団ストーカーの目的で夢見る骸に似せてるんですよね?」と書いて、たすくにメールした。
ちなみにこういう内容
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
たくすさんへ
私はあなたのファンの一人、であるとともに、あなたは私のファンの一人なのではないか、、、と危惧しているものです。
オーシャンまなぶはとても面白く読ませていただいてました。
というのは、私は集団ストーカーと称するものに飲まれていて、ああいった口論の嫌がらせには親しんでいた面があったためです。
それに、ああいったテーマをバトル漫画にするというのは見たことなかったので。
ゼクレアトルという漫画は集団ストーカーの目的で作成してるのですよね?
そうでなければ、考えにくいことですがたくすさんが利用されていることになります。
ゼクレアトルという漫画は、私が作成した「夢 見る骸」というゲームの展開や設定を模倣したように見えました。
それ以外にも、主人公が自分の生活を漫画にされるところなど、私自身の経験と一致します。
「実在する集団ストーカー企業の実態 株式会社セガ」というサイトの人も私と似たような経験をしているようです。
毎日パソコンでオンラインゲームやら何やらやってるので、一度は盗聴・盗撮の仄めかしが行われる日々が続いています。
もう10年以上になります。
せっかく自分の描いた漫画があるのにそれを使わないで、あるいはオリジナルで勝負しないのに脱サラして漫画家になるというのは
ちょっと理解できない部分があったのですが、言われたことを書いてれば漫画家としての地位 は保障してやるとでも言われたんでしょうか?
そうしたことができて一人前と考えたのかもしれませんが、そうならめだかボックスの人とかサウスパーク、そのほかの人みたいにうまくやるべきだと思います。
特に返事など無かったが、ニコニコ生放送で読み上げて気味悪がってみせたらしい。
ということは、15話とか後半の展開は、それで実際に私のゲームをプレイして作品に取り入れただけなのかもしれない。まあ、そうだとしても酷い話だ。
そもそも、第4話であれだけ当てつけのようなことを書いている。
10話は未公開の、それも殆ど作ってないRPGからのパクリで、しかも無意味な展開。
(補足として言えば、未公開のRPGはそれともう一作のみ。しかも、どちらも作りかけでほとんど内容がない。)
私生活についての仄めかしもかなりあった。
いくら偶然といってもそんなに集スト要素が続くわけが無い。
夢見る骸をプレイしたからといって、つまらなくなってまで流用する意味もない。
関係あるか分からないが、2012年11月14日にメールを送った3日後にページを見たら、当時まだ沢山の賞賛コメントがあったAmazonのゼクレアトルのページを紹介した上で、『「応援してもらうという事」について色々と考えさせられました。』『少しでも豊かな心の動きを提供できるよう、細部まで粘って拘って頑張ります』とコメントをしている。
楽しませると言わないのは、やはり、集ストなので煽り目的なのだろう。
煽り目的という視点で考えると、第15話で憎悪を燃やさなくなったカンタに対してゼクレアトルが「成長したな」と言って微笑みかけるのは、私が無反応なのに業を煮やして挑発行為に出てみた結果なのかとも思える。
仲間も作らず、一人で孤独に戦い、憎悪も燃やさず、自分の人生の課題がどうこうと言い出すカンタ。面白くない展開なのに、何故かゼクレアトルは本気で喜んでいる。
最終話の「社会は脳」とかの設定は、私が人々に知らせるべき内容としていろいろ考えて日記に書いていたことと一致する点が多い。ノルマだけは果たした、ということだろうか?
2chスレッド情報だと、
たくす氏はニコ生でたまに「創価なの?」とか聞かれてたらしい。
部屋に家具調仏壇があって、創価だとわかったみたいな話。
創価だから利用されたのだろうか?
以上の件について、たくす氏に直接聞けたが、返答は「関係ない」とのこと。特に説明なども無い。
しかし、例えば第四話のセリフなどは編集と協議して漫画の内容を変えた結果で出来たものなのだから、まったく心あたりがないなどということは無い。
ニコブログを見たら、一部漫画が非公開になっていたので、こちらで公開しておく。
以前これを公開していた理由は、自分の漫画が打ち切りになったのを暗に編集のせいにするためだと思うが、このように変化したことをどう考えるのか、ということ。
ver1 : メタライフ
Ver2
たくす氏のニコブログ参照
○追記
たくす氏の漫画は、かなり初期に岡田斗司夫に褒められ、紹介されている。(資料動画)
岡田斗司夫はのちに「僕だけが人類で、他(の人間)は犬、虫というのが僕の人生観」などと発言している。
このセリフは、私のRPGの文章に似ている。
「自分だけが人類」というのはそうそうない。
彼はメディアの大物なので、業界的に私の集ストと無関係と考えられない部分がある。

最終話の「社会は脳」とかの設定は、私が人々に知らせるべき内容としていろいろ考えて日記に書いていたことと一致する点が多い。ノルマだけは果たした、ということだろうか?
2chスレッド情報だと、
たくす氏はニコ生でたまに「創価なの?」とか聞かれてたらしい。
部屋に家具調仏壇があって、創価だとわかったみたいな話。
創価だから利用されたのだろうか?
以上の件について、たくす氏に直接聞けたが、返答は「関係ない」とのこと。特に説明なども無い。
しかし、例えば第四話のセリフなどは編集と協議して漫画の内容を変えた結果で出来たものなのだから、まったく心あたりがないなどということは無い。
以前これを公開していた理由は、自分の漫画が打ち切りになったのを暗に編集のせいにするためだと思うが、このように変化したことをどう考えるのか、ということ。
ver1 : メタライフ
Ver2
たくす氏のニコブログ参照
○追記
たくす氏の漫画は、かなり初期に岡田斗司夫に褒められ、紹介されている。(資料動画)
岡田斗司夫はのちに「僕だけが人類で、他(の人間)は犬、虫というのが僕の人生観」などと発言している。
このセリフは、私のRPGの文章に似ている。
「自分だけが人類」というのはそうそうない。
彼はメディアの大物なので、業界的に私の集ストと無関係と考えられない部分がある。










































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